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「横川を経由して碓氷峠を越える」 シリーズ 第2日その2 ~ 横川から軽井沢へ


前のページからのつづき。

 

17日、21日に続き、みたび「軽井沢八月祭」に(日帰りで)行く。

「横川を経由して碓氷峠を越える」 シリーズ 第2日その2 ~ 横川から軽井沢へ。 (2008.08.22)

この釜めしの旅@碓氷峠 & 軽井沢八月祭シリーズの最終ページ。

 


横川駅の隣にある「碓氷峠鉄道文化むら」。
横川運転区跡地を利用した鉄道の博物館。 多数の歴史的な機関車や車両を保有。 遊覧列車と廃線となった信越線下り路線を使ったトロッコ列車あり。 資料館に行きたかったので入場しようかとも思ったが、時間の都合で中には入らなかった。 だから写真はすべて外側から。


後でわかったが、このアーチ型の建造物は遊覧列車の軌道だった。
ここは元は「横川運転区」 (車両の基地、置き場) だったところ。
横川~軽井沢間(碓氷線)の廃線に伴って運転区も廃止されたとのこと。
廃線跡が路面に見える。

 


トロッコ列車の駅。
ここから先が信越本線の廃線区間。

→ 碓氷線にトロッコ列車が走る!! (鉄道文化むら)

 


振り返ってみれば、横川駅からここまでは駐車場に。

え?! 横川駅に特急「あさま」が停まっている!

夢でも見ているのではないかと思った!

もちろん、特急「あさま」のわけはなく、何百人もの小学生を運んできた臨時列車だった。 小学生の大集団は駐車場に停まっていた何台もの観光バスに分乗してどこかに向けて出発していった。 林間学校かなあ^^。


特急「あさま」の幻影も走り去った。
横川~軽井沢間(碓氷線)の鉄道の早期の復活を切に願います。


横川の「駅前の山」、龍駒山。(標高 1,655 m)
標高 387m の横川駅とは実に 1300m もの高低差。

「駅前」といっても、ただごとではない^^。


龍駒山の頂上。 突出している部分が「ざんげ岩」と呼ばれる場所、とのこと。
こうやって見ると小さい岩の塊のようだけれど、あの上に人が何人も乗れるほど大きなものらしい(実際に行って見たわけではないので正確にはわからない)。

写真が白っぽいのは山全体(特に山頂付近)にガスがかかっているから。

横川~軽井沢間(碓氷線)が廃線となった頃(1997年9月30日。シューベルト生誕200年)は、この場所から横川駅を撮影する人が多かった、とのこと。 私がはじめて長野新幹線に乗ったのはこの年の11月のはじめ頃(連休頃)だったかと思う。

 


みたび矢ケ崎公園の池の上(橋の上)から大賀ホールと鴨ファミリーを望む。

この日は前日よりもさらに天気が悪く、霧もしくは雨。
涼しかった横川よりもさらに寒い。 軽井沢に泊まっていた人たちによれば、朝方の寒さは特に厳しかったとのこと。曰く、羽毛布団を出してかけた云々。 あまりの寒さに、「今日も軽井沢に来るなら、1枚余計に着てきた方がいい」とこの日の朝、心配した友人からメールが入ったほどだった。

 


かも。


岸辺でエサを漁る。


エサを漁って潜る。 きゅーと (*^^*)

ここに五線を書き入れれば ♪ドレミ と鳴りそうな予感^^。

21ページから続いた「軽井沢八月祭」に行く、のシリーズはこれでおしまい。
過ぎた夏の思い出と記憶をこの21ページから31ページに記した。
軽井沢に出かけた頃はオリンピック開催中、まだ東京も暑かったけれど、あの過酷な猛暑もいつのまにか過ぎ去った。今、この時間、私の草むす三籟亭には何度も何度も繰り返し遠雷が鳴り響いている。 もうすっかり秋なのだ。

このシリーズ 完

 

(追記: 軽井沢八月祭についてはこちら

 

※写真ページのリニュアールに伴い、旧「小さい写真帖」から転載しました。(2016.02.11)

旧「小さい写真帖 31」(2008.08.29 掲載)

 

Published in大賀ホール旅行甲信上越群馬軽井沢